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私の記憶が曖昧なので申し訳ないが、
確か2002年あたりだったとおもうが、
某メトロ駅の程近くの、
この界隈でのいわゆる目抜き通りで当然人通りも多く、
商売やるには最高かとおもえる場所に、
ある激安チェーン店が進出してきたのだ。
しかも、なんと駅交差点を挟んで2店舗同時!にである。
だいたいどの町でも鉄道の駅なんかが中心となって、
そこから人の集散があるわけで、
この駅を出た人はかなり高い確率で
その店を視界に入れることになる。
彼等は同業者の中で最も駅寄りに、
しかも2店舗同時に陣取ったのである。
こうこられるとサスガに
「こりゃウチも本格的にヤバイのかな」
とおもった。
が、なんとそのチェーン店は、
その2つの店舗のうち一つを
2年そこそこで閉めてしまったのだ。
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本章冒頭に「写真屋が6件」と書いたのだがコレは、
もともと5件だったのが急に7件になり、
そして6件に、ということなのだ。
ほんの数年でね。
それ以降は皆潰れずになんとかやっている。
このチェーン店というのは、
某超大手流通の子会社だったところだ。
そう、たしか2年くらい前に会社更生法申立したところ。
特に「ざまあみろ」という気持ちはない。
同情もしないが。
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確かにあの頃、
連中が進出してきた頃、
わが家の中では明らかに不穏な空気があった。
親父も母も特に口には出さないが
何かを気にしているような雰囲気はあった。
ただでさえ、
激安DPEチェーン店なんかの影響で
人々が町の写真屋に来なくなり、
得意先や仕入れ先がどんどん潰れ、
まさにお先真っ暗状態の時だったから。
で、ヤツらの参上である。
それまで、当ブログで書いてきたように、
少ない常連さん等のお陰で
なんとか細々やり抜いて来たが、
その時は真剣に
看板下ろすことも考えていたのかもしれない。
だから私も、
彼等のことはなるべく話さないようにしていた。
話したところでいたずらに親の神経を摩滅させるだけだし、
対抗策といっても年老いた商店に
大組織に対抗し得るような策をねじり出す
知恵もなければ資金もない。
結局やれることをやるか、全部やめるかという
2つの選択肢しかないのだ。
初めから小さな商売なんだから、やめても大して変わらないじゃん、
とおもうかもしれない。
しかしウチの場合は、多分やめたらほぼゼロになるのだ。
会社員と違い退職金もないし、
もともと大した資産もなく貯金も切り崩したりという最中、
「やめる」というオプションは親にとって
とてつもない恐怖だったに違いない。
やめたところで前号に書いたような、
土地を売って出て行く望まない転出組になってしまう。
幾らで売れるかもわからないし、売れたところで
その後の生活の保障などあるわけも無い。
蓄えはいつか底をつく。
なにがしかの収入が必要なのに変わりはないのだ。
続けるも地獄、止めるも地獄である。
こうして町の写真屋の、
バブル期以降の慢性業績低迷ストレス状態の趨勢は、
それまでで最も高いテンション期へと突入したのである。
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ところがである。
いやぁ面白いもんで、
そういう悪いことって意外と長く続かないんだなー。
次号に続く。
Posted by bakashatokyo68 at 23:34
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