前回の続き。
店舗商売がウマくいく条件として、
定石のように語られるものがいくつかある。
立地がいいとか時流に乗っているとか。
我々は普段、潰れた店を近所で見つけては
「あんな場所じゃーな」とか「値段が高いよ」などと、
2つ3つ事を挙げては原因究明した気になってしまう。
まあそれはそれで正しいことも多い。
じゃあ、その「原因」とされるもの「さえ」修正しておけば、
その店は潰れずにすんだのだろうか。
そんな風にその話の相手に突っ込んでみると、
「人それぞれだからな」とか「事情は皆違うし」とかいう、
先の会話を全否定しかねない
悲しい答えが返ってくることが結構多い。
そりゃ誰だって「例外」ってヤツをたくさん知っているさ。
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さて、
本章における「彼等」について、
その沿革を少々調べてみた。
もとは関西の写真機および関連用具販売かなんかだそうである。
某超有名流通の子会社というから異業種からの参入かとおもいきや、
もともと写真屋だったのだ。
今から30年以上も前にその大手流通屋サンDの関連会社となり、
その流通屋サンとこの「店内ラボ」にはじまるのだが、
やがてDPE専門店の経営に特化するようになり、
他の商業施設への出店や路面店展開(FC含む)を進め、
10年程前には株式店頭登録まで果たした。
同じ写真屋でもウチなんかとは雲泥の差である。
生業・家業(たぶん)を経て見事に事業・企業へと発展した。
立派である。
いくつかの企業と合併や業務提携などをし
果敢に攻めながなも、結局好転しなかったようで、
2005年に会社更生法申請、同年に上場廃止となる。
同業DPE最大手P社の支援を受けながら業務を続け、
後に同P社の完全子会社となり、2006年会社更生手続終結。
最盛期には800店以上もの店舗数までに拡大したものの、
結局500店ほどまでにリストラを進めたようだ。
現在も屋号はそのままで運営を続けている。
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さてこの辺で、
前々回の最後にちょっと前振りをしておいた話を。
ウチからしばらく歩いたところに
あるターミナル駅がある。
恐らく全国的に名の知れた駅である。
この駅、ちょっと前に駅舎大改造が完了し、
昔の面持ちを残しながらも
洒落た駅ビル風に生まれ変わったばかりである。
ただでさえ昔から乗降客が多い駅ではあったが、
2、30代女性向けの華やかな店を中心の、
垢抜けてちょっとした今風ショッピングモールとなり、
さらに賑やかになったように感じる。
さてこの中に、
あるチェーン展開しているDPE店が入っていた。
たいした奥行はないものの間口は広く、勿論人通りも多い。
「いいところに店出したなー」と、通り掛かるだびに
いつも思っていた。
つい数ヶ月前だが、
その店を含む一帯が改装工事に入り一時閉店となった。
「早くもリニューアルかよ景気いいねちくしょー」、
などと思っていたがつい先日、
その一帯が新装開店してちょっと驚いた。
そのDPE店がなくなっているのだ。
別の場所に移転したのかなとおもい、
駅案内板なんかで確認しようとしたが見当たらない。
どうやら撤退したようである。
この撤退した店というのは、
例の「彼等」の支援企業であったP社の店であった・・。
やっぱり売れなかったのかな。
こんないい場所なのに。
ちゃんとした商売やっているのにな。
勿論この私に撤退の本当の理由なんてわかるわけない。
だが業績好調の店舗を撤退させるのに、
一体どんな理由が考えられようか・・。
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彼等DPEチェーン店は、
フイルムが前提の前時代に確立されたビジネスモデル
ほぼそのままの姿(あくまでも部外者による外見上)で、
前提の異なる新時代に突入しようとしている。
この世に登場後前世紀からの流れを汲む古い世界と、
そいつを下地としながらも全く新しい流れ。
そして、自分は勝ち馬に乗り遅れまいと
自社資源を古いものから新しいものへ振り替えつつも、
「古いアンタ達のことも決して忘れないからさ」と
言っているかのようなサードパーティー各社。
また、そんな混沌に商機を見出し参入してくる、
それまで写真・カメラと縁遠かった者達など。
新旧と日和見の混在する今現在そしてここ数年は、
まさに過渡期的状態であり、大勢が判明しているようで実は
まだどの会社(サービス・製品群)が生き残るかまたはなくなるのか
その見極めが難しいのではないか。
たとえどんな大企業であっても
とても難しい舵取りを要求されるとおもう。
こういう時代において、
商品構成をイジるなんて程度の改善は、
所詮小手先レベルなのであって、
根本的解決にはならないだろう。
〜後日付記 07年9月5日
また言葉足らずで申し訳ない。
「混沌」状態だから「小手先」の改善じゃダメ、みたいに聞えるが、
言いたかったのはそういうことではない。
成長期もとうに過ぎ、デジカメの影響等で売れなくもなった、
つまり、「下りエスカレータ」状態になってしまったから、
小手先の変更程度じゃダメなんじゃないの、ということである。
例えば小売店なら売上が7割とか6割とかに落ち込んだら、
商品をいじったりする必要性もその価値もあるだろう。
けれども売上が5分の1とか10分の1までに落ち込んだりしたら、
もう品揃えどころの騒ぎじゃなく、もっと根本の問題では、
というのは想像できるとおもう。
今時点の結果として、
傍から見るといつ潰れていたかもしれない多くの者(ウチも?)が
以外にもしぶとく生き残っている様をさしあたり
「混沌」と呼んだまでである。
だからDPEチェーン店だって何らかの施策をとることにより、
まだ逆転の可能性は残されているといえるとおもう。
〜後日付記ここまで〜
なら具体的にどうすればと問われたら、
勿論私ごときにもわかるわけない。
ただ生意気承知で意見させてもらうなら、
メタファーで言うと↓こうなる。
船底にデカイ穴が開き浸水しまくって沈没寸前の
豪華客船の乗客にまず必要なことは、
救命ボート等で脱出することなのであって、
バケツで水を掻き出すことではない。
そして助かった者たちが次にすべきことは
船底にどでかい穴の開を修理し再航行する、
ことではなく、
全く新しい発想の船を造るか、
飛行機などの別の手段に打って出ることを考える、
或いは移動自体しないで済むことをも考えてみる
ことである。
↑「バケツで水を掻き出す」とは、
品揃えとか店構えとか、小手先の話。大切だけどね。
大切だけど時代の転換期には焼け石に水である。
「新しい発想の船」「別の交通手段」「移動しない」とは、
ビジネス自体を指す。つまり新しく最初から造り直したらどう、
ということである。
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かなり大風呂敷を広げてしまったので
そろそろまとめに入りたい。
前にもここで紹介したが、
『デジタルカメラの急速な普及に対する対策が遅れ』たのが
ここでいう「彼等」の主たる倒産原因だと、
某ネット辞典に書いてあった。
これはこれで正しいのだとおもう。
ただ、これら各種媒体から発せられるものは
それがどんなに正確であろうがなかろうが、
あるいは重要かそうでないかに関わらず、
ある場所(人)により既に加工されまくった
3次、4次情報である。
勿論これはこれで我々一般市民にとっては
労力(時間)のショートカットとなり大変ありがたいものである。
だがそれがあまりにキチンとまとまっていると、
我々はそいつを読むことでを十分理解した気になり、
それ以上考えなくなってしまうような気がする。
『デジタルカメラの急速な普及に対する対策が遅れ』。
彼等の倒産要因がそうであると聞かされて、
首を横に振るものはたぶん少ないだろう。
うまくいってない店舗や会社・製品からは、
我々は無意識的にネガティブな事柄を感じ取ってしまう。
だから倒産原因がどうのとかもっともそうなこと言われると、
「そう言われりゃそうかもな」となるのかね。
ん、その逆かな。
まず先にもっともそうなことを言われると、
そいつと既知の現実とを結びつけてしまうという。
倒産という事実→原因はコレかな?→あの店ならあり得るかも、
てな具合にな。
いずれにしても、
具体的事象を指し示さないままの総論賛成状態である。
つまり、この『デジタル〜対策が遅れ』というのは、
我々の気分にお墨付きを与えてくれる単なる文字情報なのであって、
実は何の説明にもなっていないことに
改めて気付かされるのだ
(↑媒体側を責めているのではない。
あくまでも我々の着眼・思索・気付き力の問題と考える)。
じゃあそれならば、
その『デジタル〜の対策が』の『対策』って、
具体的には一体何なのかをいやらしく考え抜く者が
どれほどいるだろうか。
「品揃え」なのか。
「店員の接客態度」なのか。
仮にそれが判明したとして、
じゃあそいつを改善したならば、
彼等は本当に潰れなかったのだろうか。
そこで冒頭に挙げたような会話になるのだな。
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「それぞれ事情が違うからなー」
と、よく聞く台詞が返ってくる。
別に普段の会話で私が常に
正しい回答を欲しがったりしているのではない。
たまたま商売がらみの真面目な話の時なんか、
私と共に相手がそれなりに物事に真剣に向かっていたようで、
上のような一言で実はそうでなかったのがバレて悲しくなるのだ。
関心の薄い事に対する言語表現は、
自然とステレオタイプ化していくとおもう。
無意識に似た表現になるのは、
既知のものが口を突いて出てくる、
つまり考えていない証拠である。
「それぞれ事情が違う」だと?
そんなの当たり前だろが。
事情(つまり条件)が一緒で商売やってるヤツなんか
この世にまずいるわきゃねーよ。
格好よく紋切り型の台詞を吐いた後、
例外の存在や矛盾を指摘された時に切り返す、
非常に便利な一言ではあるな。
というか
そんな会話にいちいち意味を見出そうとする私の方が
どうかしているのかもしれないが。
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あのアラーキー氏は自著の中で、
優れた写真家に必要な資質の一つは
「人に好かれること」だと言っていた。
この一言が指し示す意味を、
私自身が完全に理解しているなどと言うつもりはない。
ただ、この「人に好かれる」ことの前提の一つとして、
「人(事象・世間等も含む)に興味を持つ」ことが大事だと、
私は自身を持って言うことができる。
誰だって自分に無関心で理解を示さない相手を
好きになんかなるはずがないのだから。
そしてさらに、
お客を、商品を、店を、取引先を、会社を、従業員達を、
地元を、街を、家族を、市場を、
そしてお金を好きにならないヤツのやる商売が、
一体どれほど儲かるというのか。
まあそうも考える反面、
冒頭のような寒い会話を成りたたせることで
自分の持つ人間関係のいくらかを下支えしている、
悲しいかなこれもまた事実であるよ。
(ウチの地域は写真屋激戦区かも?第12回 おわり)