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80年代のある日、
同業の方からある話を持ちかけられた。
なんでも近々廃業するそうで、
それに伴いあるお客一件を従来と同じ値段で
おたくで引き受けてくれないか、
というものだった。
当然ウチはOKしたのだが、そのお客というのが
その丸の内の企業サンである。
なのでウチのコネでもないし
ウチが自力で営業して獲得した客でもないのだ。
当時この写真屋は、
出先営業所を銀座だか有楽町かに持っていたようで、
そこで受けてやっていた仕事なんだそうだ。
じゃ、本部はどこかという話になるが、
なんと、
ウチの真裏!である。
事務所でなく店舗である。
我が家と同じ番地内である。
ウチから全速力で走って数秒のところだ。
なんと私の小学生の頃には、
「東京都○○区○○町N丁目M番〜」
という住所に写真屋が2軒もあったのだ。
今考えても笑ってしまう。
激戦区どころの騒ぎではない。
しかし、
そんな至近距離にありながら、
激しい客の取り合い・サービス合戦や、
トラブル諍いの類があったという話は、
ひとつも聞くことはなかったのだ。
当時の私自身も、その店を
「あ写真屋だ」と認識するだけで、
それがコンペティター(競合者)であると意識するなんて
これっぽっちもなかったのだ。
前にも書いたが、
床屋の数件隣にまた床屋、
どちらもそれぞれ商売が成り立っていた。
昔の東京都市部下町って
そんなかんじなのだ。
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ちなみにその店、
間口が狭く、店内の広さも
ウチの3分の1程度だったとおもう。
でも丸の内で仕事取っていた
(それまで潰れなかった理由が分ったよ)。
さらに後から分ったことだが、
その写真屋、店とは別に
目の前に土地を所有しており、
廃業と同時にそこも売り払ったのだ。
今そこはマンションが建っている。
当時は、
いわゆる「バブル」のちょい前あたりで、
都市部地価は高騰していた。
なんでも、
大した広さでもないのに2億で売れて、
田舎に引っ込んで1億で家を建て、
残りの1億で悠悠自適に過ごしている、
などという噂が近所に流れたりした。
いい時に売り抜けたもんだな。
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さてさて、
販促手段や職業技術が、
必ずしも儲けに強い影響を
与えているというワケでもなさそうだ。
少なくともウチはそういう傾向にある。
では何が?
当ブログで何度も書いたように、
結局人間関係なんだとおもう。
それは
「商売で築き上げた人脈」というよりも、
ニュアンス的には
「長い年月物事をこなしてきた中で、
結果として少しずつ積み重なってできた、
小さく狭いが太い繋がり」、
とか言った方がしっくりくる。
そしてそれはたまたま、
業者密集度を乗り越えるに十分な強さを持っていたのだ。
これって何も特別なことではなく、
誰でも持っているものだ。
逆の立場で見てみれば分りやすい。
誰でも一件くらい贔屓の店があるだろう。
それが近所といえる距離にない場合もあろうが、
だからといって、
仮にその競合店が自分ちの隣にできたとしても、
心情的にはそう簡単に帳合替えとはいかないものだ。
そしてその理由は当人にしか分らない。
「関係が長く続いていることには理由がある」
勿論そうなんだろうが、
それだけじゃなくて、
「長く関係を続けてきていること」自体に
重要な意味があると考える。
「安心」というヤツだ。
「ストレス・困難・煩雑忌避」と言い換えてもいい。
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前出の丸の内の企業について考えてみたい。
なぜ彼等は長年ウチに発注し続けるのだろうか。
言うまでもないがウチは只の写真屋である。
業界随一の技術も設備も人脈も
センスも面白トークも資本も何も無い。
おまけに安くもないし安くする気もない。
近所でもないから「直ぐ来い」と言われても
まずムリだ。
なのに、なぜウチなのか?。
ウチよりも遥かに気の利いた写真屋が
その気になって探せば幾らでもいるのだ。
であるにも係らずなぜウチなのか?。
推測ではあるが、
その理由について、
一つだけなら自信を持って言えることがある。
「安心したかった・面倒を避けたかった」
である。
「んー新しい業者探すのも結構面倒だし、
出来もどうなるか不安だしなー
そこでミスられたらたまったもんじゃないし、
また挨拶とか書類とか口座のこととか、
しなきゃいけないことイッパイ増えるるしなー・・・・」。
そんなカンジじゃないかな。
はたしてこれが想像のし過ぎだろうか。
この辺りは、
大企業も零細も関係ないのだな。
次号に続く。
Posted by bakashatokyo68 at 21:47
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エッセイ・ウチのこと他