前回の続き。
「あの人さー、
ウチがレタッチ代なんか請求しねえの分かってて、
だからウチに切り抜きさせようとしてんじゃねぇのか?。
自分が外注したら金かかるからさー。
自分でやっても面倒くせえし」
私自身の印刷屋コンプレックスからなのか、
自分でも嫌になるくらいこんな意地の悪い台詞を、
思わず親父にぶつけてしまったのである。
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だが私がそう問うた理由は、
決してコンプレックスだけではなかった。
自分の領分と言ったらいいのだろうか、
取引先との一種の「距離感」みたいなものを、
親父が一体どの程度意識し把握しているのか、
ちょっくら確認してやろうという意図も含まれていた。
だが、
「ふーん、そうかねー」という親父の、
またしても極めて薄いリアクションからは、
何も慮ることはできない。
そんなやり取りしてたその頃には、
親父はもう切り抜き作業の8割方終えていた。
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ということなので、
早速そいつをモニタ上で拝見したのである。
「あ、んーまーいいんじゃねえか」
といったカンジの出来栄えであった。
絶賛する気には到底なれないがダメ出しするほどじゃない。
私はかつてちょっとした縁で、
その道のスゴい人たちに合成写真(画像)を直接見せていただいたことがある。
大部数雑誌や大手企業広告なんかでのヤツである。
しかもPhotoshopのレイヤーごとの解説つきで。
そんな彼等のアイディアと細密さには到底及ばないが、
商業印刷とはいえローカルで少部数の軽印刷程度であれば、
こんなんでグッドイナフなのかな、という想像はできた。
〜ただ、この「グッドイナフ」ってのも、
お客に対してかなり失礼なことかもね。
だって、用途や規模がどうであれ、
最高を目指すのがプロの本懐であるから。
「お互いが最善を尽くした後の落しどころの問題」
と言うべきかもしれない。それに、
「この程度で十分」というのが「前提」になってしまうと、
そいつの成長は恐らくその時点で止まってしまうのだろう〜
私の心配(半分は余計なお世話かも)をよそに、
随分アッサリあがってしまったようで、
なんだかチカラが抜けてしまった。
決して得意な作業ではなかったハズだが
デキも悪くないし折角ここまで作業終えたのだから、
もうゴチャゴチャ言ったり考えたりするのは
この辺で止めにしておこうと思った。
少なくとも「切り抜き」に関しては。
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ちょっと話逸れるけど、
グッドイナフで思い出したが、
欧米には「グッド・イナフ・プリンティング」
という概念があるらしい。
「印刷するに十分なクオリティで」という意味のことであり、
直訳そのまんまである。
どういうことかというと、
作者表現者や広告主等の意図が伝わるのであれば、
それで書籍印刷物の品質としては十分であるとし、
それ以上の品質を無理に追い求めることはせず、
その辺でコストを抑えときましょうよ、
という思想である。
合理的な欧米人らしい考え方だな。
一般的に、
よく外国の書籍は印刷の質が低いとか言われるが、
あれは技術がないからではなく、
あえてそうしているということだ。
私はたまに近くの図書館に行っては、
VOGUE ITALIAとか欧州のファッション誌を何冊も借りてくる。
服も大好きだが勿論目当ては写真である。
物凄い発行部数の一流ファッション雑誌だから、
写真にも超金がかかっている。
当然世界中の超一流のフォトグラファーの手によるものである。
そんなスゴイ写真をスキャンしては
PCのスライドショーで見て楽しんだりしている。
が、スゴイのは写真だけで(記事は外国語で読めないので)、
紙や印刷の質自体は
高価な写真集や美術書なんかを除いては、
近所のコンビニに並んでいる雑誌の方が
確かに上だとおもう。
日本国内の商業印刷物における
デジタル画像の解像度は、
350ppi(ピクセル・パー・インチ)が基本とされているが、
他の国はどうなんだろうか。
〜・・という流れで↑他の国も調べているが未だウラが取れず、
いずれ別の機会に書くことにする。〜
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話を戻そう。
ちなみに親父は切り抜くとき、
以前デザイナーさんに教わって
ちゃんとパスを描いて行なっていた。
しかし今では、
私が教えた「なんちゃってパス(私が勝手に命名)」
で行なっている。
別に大したことはない。
Photoshopの「ペンツール」の替わりに
「多角形選択ツール」を使うのだ
(Photoshop知らない方ホントすいません)。
パスを描く時のように絵面の境界をなぞるのだが、
パスの時とは違い、できるだけ細かくカチカチとクリックして、
小さい連続ギザギザで境界線を作っていく。
そしてその境界線を数ピクセル分ぼかす処理をする。
そういえば、パスでの一般的な切り抜きの場合にも、
後ろの画像との馴染みの関係で同様にボカすけど、
この「なんちゃってパス」の場合は、
ギザギザな線をギザギザでなくするためでもある。
ギザギザな線をボカすのだから、
結果的にキレイな切り抜き線となるのだ。
たぶんコレやっている人多いと思う。
インチキと言われそうだが、コッチの方が
パスのハンドル上手くイジれずイライラすることもなく、
とにかく簡単、ラクである。
そしてパスの時同様、
アルファチャンネルに保存しておきゃ、
何時でも再利用が可能だ。
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私としては未だに、
親父の画像処理については
本件においてもまだまだツッコミどころ満載である。
しかし、
たまたまそばにあった前回の印刷現物見本を見て、
その必要は無いと確信した。
結構キレイなんだ。
本文中に赤のダーマト
(↑フイルム用色鉛筆だと思っていただければいい)
で記なんかしてある。
印刷屋時代を思い出すな。
そしてそこにある写真。
紛れも無くウチの仕事によるものである。
レタッチなんか今以上に非力だったのに、
現物の写真はとてもキレイだ。
デザイナーさんの仕業かそれとも製版屋サンか・・。
切り抜きにしたって、
ウチにとって大した労力でないのであれば、
誰彼気兼ねすることなくやってあげればいいではないか
(気にしていたのは勿論この私)。
それでお客に喜んでもらえるのなら。
イヤ、そーゆーのを目指すことが仕事なのではないか。
キレイな印刷物を目にして、
なんだか急にそう思ったのである。
「自分達だけで仕事してるワケじゃねえんだよな」
ケチつけようと思えば幾らでもできる。
でも先へは進めるだろうか。
ココロの一人相撲をとっている自分に、
ようやく気付かされた。
次号に続く。
Posted by bakashatokyo68 at 22:55
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