2008年11月16日

写真屋が「パスを描く」ということ(第9回)

珍しい角度からの浅草寺五重塔
前回の続き。

暖簾・屋号や業態は変えずとも、
きっと多くの商売人達が
一日でも長く生き残ってやろうと、
自分の姿に何らかの変化を加えながら
なんとか踏ん張ってきたことかと思う。

その逆に頑として変化を拒んだ人もいるだろう。

そうする理由が主体的・積極的か、
追随的・消極的かで、
結果に違いがあったのかもしれない。
しかし、
これは言うなれば生き方の問題であるから、
その人の責任において自由だし、
そのことに良いも悪いもない。


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何らかの価値を訴求しそのことに賛同や許しを請い、
いわば利益の交換を通じて関係を結ぶことがビジネスである。

結局その自分の生き方というか生き様みたいなもの
(別に「性格」とか「人間性」とか言ったっていい)が、
その関係とやらを作ったり壊したり、
広げたり小さくしたりしてるとうことだよね。
いいコトすりゃ喜ばれるし儲かるし関係もより深まる。
また人間関係自体も拡がっていくんだろう。
悪ければその逆だ。
反対に商売や人間関係の方だって、
自分のあり方に常に影響を与えていると思う。
だから私たちは変わるし、
その必要性を感じたりするのだ。

技術・サービスや商品・店というのは、
そういったコトの根っこから見ると
単なる方法論というか、部品・パーツみたいなもんだと思う。
自分の生き方が定まれば、
自然と持つ武器とその使い方も決まってくる。
勿論、その武器やパーツの方に拘り、
そこから生き方を決めたっていいし、
周囲の環境に合わせて自分の姿を作っていくのもいい。
途中で変えたっていい。

くどいようだが大事なのは、
こういうことに良いも悪いもないということ。
そして、
世の中や自分が変わっていくように、
商売のテリトリーも変化するし、
持つ武器もその使い方も変わるということだ。

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なんだかもうオチを書いてしまったような気がするので、
残りは私の個人的な話にお付き合いいただきたい。

以前、
印刷会社と直接写真(データ)を
やり取りする時には注意が必要であると、
ある方から教わった。
そのこともあって本件では過剰反応気味であったが、
実は私にとってはもっと強烈な要因があった。

なんと我が家の隣は、
つい一年程前まで印刷屋だった。

これじゃ印刷屋を意識せずにはいられない。

ウチの親父よりも年上の、
かなりの年配の方で、お一人でやっている。
元は別のところで商売をされていた。
数年前のことだが、
何かの理由で転出を余儀なくされた。
たまたま空いていたウチの隣にやってきて、
商売を再開したわけだ。
といっても8畳ほどの狭い部屋に、
必要最低限の機械と道具が、
無計画にただ置いてあるだけという感じだった。
元々小売・サービスか事務所用途の物件で、
入口も窓もでかく、中の様子が外から丸見えなのだ。
恐らく不動産屋とかなら最適だろうか。
工場だし主に業者相手の仕事なのに、
道行く人に仕事の様子を公開しているような、
何とも言えない珍妙な風情であった。
その店舗外観と業種のミスマッチさのせいなのか、
最後まで仮設店舗っぽい雰囲気は拭えなかった。

よく見ると、
身の丈ほどの大きさの本棚みたいなやつに、
真っ黒い細かいのが何段にもギッシリ詰まっている。
活字だ。
小学校の時の社会科見学で某大新聞社を見学した時に、
似たようなやつを見たが、
その数千分の一くらいかな。
このデジタルのご時世に活字とはねー。
でも机の上にはPCもある。ただしかなり古い。

親父は時折隣に顔出しては
色々話していたようだが、
私自身は特に親しかったわけでもなく、
数回会釈し合う程度であった。
体が華奢で動きがとてものろい。
かなりのろい。
昔の特撮モノに出てくる
インチキ博士の作ったロボットのようだった(失礼)。
おかしいなと思っていたら、
どうも昔心臓だか肺だかを手術して、
その影響で思うように動けないとのことだった。
動きがのろいし、
指で突付けば倒れるんじゃないかというほど
弱々しかった。
しかし、
仕事のウデはよかったらしい。

得意なのは名刺だったとか。
今時活字なんて、と思ってたけど
もしかして名刺用なのかな。
名刺なんて今では素人でもPCで簡単にできるが、
ちゃんと印刷屋で作ってもらったヤツってのは、
雰囲気が結構違う。
それが(版下が)デジタルでなく活字となるとこれまた違う。
昔ながらの名刺って結構好きな人多いんだよね。
しかし親父の話によると、
名刺は活字なんかじゃなくて
なんとIllustratorだったのだ!。
この爺さん、アドビのイラストレータ使いだったのだ
(じゃあの活字の棚はタダの飾りか)。

この爺さんのとこ、
結構人の出入り多かったな。
そこそこ名の知れた会社の車が
横付けされてるのも何度も見かけた。
客か仕入先かも分からないが、
営業マン風の若者や旧知の友風のオジサンとか、
いつも人がいて親しそうにしていた。
ファン多かったのかな。

ある日ここを通り掛かった時、
奥の棚に細長い白い紙箱が
数個積んであるのを見かけた。
それが某「H」というブランドの高級名刺用紙であることが、
かつて印刷屋の営業マンであった私にはすぐに判った。
勿論当時私自身も何度も扱っていた。
名刺用紙の定番である。

仕事の腕前は伊達じゃないような気がした。

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この爺さんの出現によって、
私の忘れかけていた過去(この回参照)、いや
忘れ去ったままでよかった過去が
見事に蘇ってしまった。

中でも最も強烈な要因は、
実は上に書いたような見た目なんかじゃなくて
「匂い」だ。

インクと機械油と埃が混ざったような、
何ともいえない匂いである。

当時仕事始めて間もない頃、
スーツもロクに持ってなかった自分は、
秋冬物2着を仕方なく真夏にも着用していた。
汗だくなのは当然だが他人からの見た目も最悪だったろう。
そんな重たい服担いで炎天下を歩き、
小さくコ汚い(失礼)工場の扉をガラガラっと開けると
匂ってくる。
ガッシャンガッシャン機械が鳴っているので、
普通に挨拶したくらいじゃ聞えてない。
出てくる社長のオジサンは、
いつも体中地肌もシャツの上からも薄汚れていた。
それが真夏だと特にひどく見えて、
その暑苦しさが匂いを助長しているかのようだった。

そういう私もひどかったのだろうけど。

その時と
同じ匂いだ。

この当時の
私の勤めていた会社の社長は、
独立前にはある大手印刷会社にいた。
その仕事柄、
都内にはこういったオジサン一人で細々やっているが
安価で腕のいい業者が多数いるというのを知っていた。
そこでの経験から
「俺なら同じ品質のままもっと安くあげられる」
と考えたのが独立のキッカケだったらしい。

ウチの隣の印刷屋も、
そういう点ではまさに当時私が出入りしていた印刷屋と
ほとんど同じであった。

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こういうのを因縁というのだろうか。
自意識過剰かもしれないが不思議だし恐ろしいとも思う。
過去に於いて
都合の悪いことから逃げ回って
解決してないこと、
まるでそれらが後を追いかけてきたような、
そんな気さえした。

やがて私はそんな過去との因縁に、
何らかの決着を付けたいと考えるようになった。

ここでコイツから目をそらしたら、
いずれ姿形を変えて
また追いかけてくるような気がしたからだ。


次回もう一回ほど、
またどうかお付き合いいただきたい。

次号に続く。

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この記事へのコメント
取り戻したい過去。

誰にでも、あることなのでしょう。


身につまされる お話。

次回を待ちます。
Posted by フラフラです。 at 2008年11月22日 22:56
いつもありがとうございます。

過去というヤツは色々な意味で大事ですね。
分析研究・原因究明などして有効活用すれば、
輝かしい明日の糧となります。
反対に拘りすぎれば
ツキに見放されます。

また宜しくお願いします。
Posted by 東京下町バカ写真屋 at 2008年11月24日 22:05