2008年12月20日

写真屋が「パスを描く」ということ(第11回)

浅草酉の市にて
前回の続き。

自分のことが一番可愛くて、
部下のことを
自分の欲望を実現するための
道具や手足としか考えていない。
徹底的に安く買い、
ダメなら棄てる。

私は長い間、
いわゆる「社長」と呼ばれる人等を
そんな風に思っていた。

でも後から落ち着いて考えてみると、
むしろ皆まっとうなコトを言い、
それをやっていただけのような気がする。

私が鬼の如く思っていた当時のウチの社長も、
例外ではない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

当時の取引先に、ある出版社があった。
とりあえずA社と呼ぶことにする。
そこの社長はいわゆるワンマン社長らしく、
無関係な別の取引先の出版社の方にまで
いくつか噂が伝わるほどであった。

その社長、
なんと当時のウチの社長と同じ病を患った。
ただ私が出入りする頃には
既に術後数ヶ月経っていたようだが、
直接お会いする機会は殆どなかった。

ある出版物の打ち合わせで、
初めてこの社長とお会いした時のこと。

担当編集者と著者で話がこじれてかけていたのを、
会議途中から現れたこの社長が、
二、三話を確認した後、
サッと話と段取りをまとめ上げて、
我々を納得させてしまったことがあった。
小柄で枯れ気味の声にも力強さを十分感じ、
とても半年前に死にかけていたとは思えなかった。
だがその社長、
この話がひとまずまとまったかとおもうと、
「じゃ後よろしく!」と、さっさと帰宅してしまった。
確かまだ午後4時前頃だったとおもう。

手術で胃の大半を切除し、
体力がもたないのである。

この社長とお会いしたのは、
この印象的な一瞬が最後となった。
この方が亡くなってしまったのではない。
後に私がこのA社から
徐々に疎遠になっていくからだ。

前にも書いたが当時の私は、
知識も経験もない、
とにかく毎日行き当たりバッタリのド素人であった。
超忙しくて学ぶ暇もないといえば言い訳にしかならないが、
あちこちで怒られたり、自分の不注意で
同じお得意を一日で三往復したりもしたようなヤツである。
だからこういった会合等でも、
まともな発言など出来るわけなかった。
だからなのか、
A社に赴くごとに、
A社のコチラ(私自身)に対する評価や親近度などが、
徐々に下がっていくような気がしていた。
最初のうちは、
自信の持てない自分由来の、
根拠のないただの想像であった。
しかしほどなくして、
それも想像でなくなった。

ウチが取引していた下請けの営業マンを、
この出版社で見かけたのである。

これがおよそ何を意味するかは、
当時の私でも見当がついた。
なぜなら私も同じコトをやったことがあるから。
あてにならない下請に痺れを切らして、
直接その下の業者に話を持っていったりね。

私は完全に焦っていた。
実質的には動いていたのは自分だけなので、
誰を頼るわけにもいかなかったし、
ロクな知恵も出てこなかった。
私のしていたことといえば、
自分の無能さを動き回ることでカバーする、
いわば『必死さアピール』程度のものだったのかもしれない。
そんな私に、
勢いのついた流れを変えることなど
到底無理な話である。

取引関係が切れることはなかったが、
A社はこの後徐々に、
ウチの下請けと直接取引をするようになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

会社(社長)にとって、
我々の給料とは「費用」である。
そして一般論的には、
一人前でない者に
一人前分の給料を払うことは無い。
さらに給料とは、
望まれた「結果」もしくはその見込みに対して
額が設定されているのであって、
単に頑張ったことへの褒美でもなければ、
辛さを負わせたことへの迷惑料でもない。
ある結果を得るのにその10倍の努力を要したとしても、
貰える給料が10倍になることはない。

当時の私は単に、
自分に課せられている使命に対してではなく、
自分がどれだけ苦労したかに
金額を当てはめようとしていた。
あの頃の報われない悔しさの根っこは
そこにあったと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

胃や十二指腸を患う最大の原因は
「ストレス」であると聞いたことがある。
それが本当か嘘かはともかく、
ウチの社長もA社の社長も
ワンマンとか乱暴者とか陰口叩かれながらも、
相当の努力と苦労を重ねてきたであろうことは、
想像に難しくない。
そんな社長にとっては従業員というのも、
大きな悩みの種なのだろう。

ただA社の社長は、
コチラと違い優秀な部下に恵まれ、
自分がいなくとも仕事がうまく回っていた。

ウチのお隣だった印刷屋の爺さんは、
一人商売の晩期で、
その余韻を楽しんでいるかのようだった。
過去には色々あったのだろうけど、
最後は自分のペースで商売を全うした。

ではウチの社長はどうだったろう。

50代の働き盛りで大病が発覚した。
たしか子供が3人いて、
一番上の息子は当時大学1年くらいだったかな。
夏休みを利用して会社に手伝いに来たこともあった。
親父ソックリだった。
公私共に大変な時期だったろうに。
床に伏せっている場合じゃない、
とか思ったのかもしれない。

そういえば毎月、
経理担当の社長の奥さんから、
使途不明な振込みを頼まれていた。
それが何なのか説明されたことはなかった。
金額は覚えている。毎月同じ。22万円。
ほとんど腐りかけていた自分は、
それに興味が沸くこともなく、
それが何か尋ねたこともなかった。

社長はその会社の前に一度、
会社を興したことがあった。
その会社は潰してしまったのだが、
その時にできた借金を返済していたのである。
辞める間際に、
私と同時期に入社し同時期に辞めた女性から、
そいつを知らされた。

この会社において私は、
一体何を考えていたのだろう。
「どうして欲しい」とは思っても、
「どうしたい」「どうしてあげたい」とは考えなかった。
そう思うとやはり私は、
結局自分のことしか考えていなかったのだと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

当時社長は何度かこう言っていた。

「10年選手でもあまちゃんだよ」

どの業界であろうと、
入って1、2年の小僧にイッパシの仕事が勤まるような、
そんなアマい世界はない。

「絶対に下請けをイジメるな」

この意味を説明する必要はないだろう。

「客に『高い』と感じさせちゃダメだ」

値段を下げろというのではない。
割安感を与えよという意味である。
マーケティング本なんかにはよく書いてあることだ。

どの言葉も、
とても乱暴者や悪人の口から発せられたものとは思えない。
これらに素直に従えば、
ビジネス本・自己啓発本など無用であろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局最後の最後まで、
この人を好きにはなれなかった。
だが、そんな風に思っていたからこそ、
逆に強く印象に残っている言葉がある。

ある業者さんと話が行き違いトラブりかけた時、
その人について私にボソっとこう言った。
丁度ウチのお隣と同じような、
オジサン一人でやってる小さな印刷屋だった。

「あの人はそんないい加減な仕事する人じゃないから・・」

人を信じることができる人に、
少なくとも悪人はいないと思う。

次号に続く
(ほんとスイマセンもう一回続けさせてください必ず年内更新します)。

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この記事へのコメント
むかし、勤め人をしていた頃。

会社での人間関係に
悩んだ頃がありました。

若気の至りなのでしょう。

『 オレに勤め人は、出来ない 』
と結論を出し、
いまに至ります。

ひとを信じられる。
信じられるひとが、周りに出来る。
そんなにんげんに、なっていればと、
今になって、考えることがあります。
Posted by フラフラです。 at 2008年12月23日 03:05
フラフラさん
ちょっと返答送れてすいません。
いつもありがとうございます。

少々生意気かもしれませんが、
人間関係に問題が起こらないことなんて
まずないと思います。で、そういった時、
「オレの○○がダメなのはアイツが□□でないから」
といった自分の正当性の前提をつくりがちです。
仮にそうだったとして相手を屈服させようとしたり、
相手を変えようとしたりするのは、本当にいいことなのでしょうか。
白黒つけたところで取り返しのつかない遺恨を残したり、
お互いに深いキズを負い、得るものも少ないように思います。

他者への攻撃は自分の自信の無さの裏返しであると、
昔から言われていますよね。
他人を信じることができないのも、
同じだと思います。
相手に不満や怒りを感じた時こそ、
自分の醜い部分に気づくチャンスではないですかね。
「目の前の他人は自分の鏡」だと言いますから。

相手を変えようと努力するよりも、
自分が変わるほうがはるかにラクです。
Posted by 東京下町バカ写真屋 at 2008年12月26日 01:40
先日はありがとう。君のブログおもしろいな〜、俺は国語がだめだからこんなに文が書けないよ。俺、ちっぽけな商店だけどさ、そこに気づいてくれる従業員がいたら少しは俺の会社もでかくなっていたかな?(笑)
Posted by KSG at 2008年12月26日 08:57
ご意見、ありがとうございます。

ほんとうに、そうですよね。
私が周りとの関わりに、反発して、
じぶんの醜さに、気付くことも出来ず、
歳を重ねてしまった。

若いうちに、
気付く智恵があれば。

たら れば は、世の中に、ありませんが、
そういう後悔が、
遅れてきた私の、
成長や、救いになるのです。
Posted by Re.フラフラです at 2008年12月27日 00:46
フラフラさん
たびたびありがとうございます。

自分の愚かな部分に気づかず歳を重ねてしまったのは、
私も同じです。
私の過去なんて失敗だらけです。
上の生意気なコメントも、
今だから言えることです。
でも時間はかかりましたが、
「気づく」という
最高のギフトを得ることができました。
これもフラフラさんと同じだと思います。

ご自身の「後悔」を
前向きなチカラに変換して成長してきたであろうことは、
フラフラさんのその文章からも、
十分感じ取れます。

また宜しくお願いします。
Posted by 東京下町バカ写真屋 at 2008年12月27日 01:20