2009年05月29日

写真屋の祭典?(第7回)

都電荒川線・鬼子母神前駅にて
前回の続き。

今回のこのイベントに関して、
ちょっと思い出したことがある。

暫く前、
「最新デジタル技術がやがて街の弱小写真者を滅ぼす」
みたいに言う人が大勢いたなあ、
ということ。

それがホントなら、
そんな写真屋向けのイベントを
なんで開催し続けていたのかなと、
素朴なギモンが沸いたのだな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(*今回は過去の記事と完全にカブっているがどうかお許しを)

↑確かにそういう傾向にあるのは理解できるが、
昨今のデジタル技術は
少なくともウチには追い風になった。

もう前に何度も書いていることだが、
1)仕入先にはどんどん切られてしまったが、
  そのかわりデジタルのお陰で仕事の殆どを内製化し、
  かえって粗利アップに寄与した。
2)短納期化を実現、自由度も増し、
  細かい要望にも応えられるようになり、
  少しずつ支持を回復するようになった。
3)その相乗効果か新規の客もちょっとずつ増えている。

ざっとこんなところだ。

実際のところ
おおかたの予想とは逆に、
カメラが便利になればなるほど、
写真が手軽になればなるほど、
「カメラ教えて、写真教えて、プリント教えて」という人が、
少なくとも私の近辺では確実に増えた。
そして、
写真を他人に撮ってもらうという
『用益』に対するニーズ自体も、
相変わらずなくならない。
これもむしろ増えている。
なぜだろう。

たぶん、
人間の怠惰な欲求ってのは
ある一つの物財で簡単に解決できるほど
単純じゃないのかなーなんて思う。
怠けていい状態であれば、
人はどんどん怠けるのだろう。
面白いもので、
学ぶことがラクになれば
習熟が進むどころか逆に学ばなくなるんだよね。

例えば100日でコトを完了させる人が
プラス20日の余裕を与えられたら、
ついその120日にあわせて
作業してしまいがちだというように。

どんなにいいサービスしても満足しない人や、
どんなに便利に簡単にしても億劫がる人もいるだろう。
前にも書いたことだけど、やっぱり
「どんなに超カンタン製品が登場しても、 
 専門家の介助が必要な人は無くならない」
のだと思う。

写真(カメラ)を始めた人のなかには、
撮っているうちにやがて
普段雑誌などで目にする何気ない写真が、
実はプロの技術によるものであることが解かってきて、
「やっぱりそう簡単にプロのようにはいかないなー」となるようだ
(だから好きになったらハマるのだろうけど)。
キレイなプリント出すのも素人サンにはまだ難しいみたい。
  
どんな素晴らしいカメラやPCも、
さすがにライティングやシャッターチャンスまでは
面倒みてくれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんとなく思うこと2つ目は、
「自分でできる」ことと
「自分でやる」ことは、
必ずしもイコールでもなければ、
単純な比例関係というわけでもない、
ということ。
   
例えば、
今はウールやレザーなど難しい素材の衣類でも、
家で洗濯が可能になる洗剤がある。
「クリーニング屋さん並みの仕上がり」
「クルーニング屋いらず」とか言っている。
きっと方々で重宝しているだろうけど、
じゃあクリーニング屋がこの世から消えてなくなると、
私も含めて困る人が相当いると思う。

「クリーニング屋並みの洗濯が自分ちでできる」ことと、
「クリーニング屋が無くなってもいい」こととは違う。

人の感じる『面倒くささ』は、
たったひとつの製品でそう簡単に
消え去ってはくれないことが多い。
だから、
いくら便利で安価になったからといって、
すべて自分の手でやろうなどとは思わない。
企業だって利益確保のために
すべてを内製化するかといえば、
それが可能か不可能かに関係なく、
むしろ専門業者に外注してしまう方が
合理的だったりするケースも少なくないだろう。

結婚披露宴に出席する際、
カメラが得意だからといって撮影係を頼まれたとしたら、
皆どう思うのだろう。
私なら当人達のためにも式参加者としてちゃんとしていたいし、
中途半端なことして失敗したりしたらマズいし面倒だし、
金払ってプロ雇えと言う。

できるからといって何でもムリしてやると
場合によっちゃ不利益なこともあるよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

思うこと3つ目は、
〜人はかならずしも
 常に合理的な手段を選択しているわけじゃない〜ということ。

やはり大切な写真はデータなんかではなく、
ある意味効率の悪い媒体である『出力された写真』として
持っておきたいのだと思う。

例が悪いかもしれないが、
男は女よりも未練がましいから、
別れた女から貰った手紙とかをいつまでも持っていたりする。
その大事な手紙をスキャンしてハードディスクに格納しておいて、
だから手紙自体は棄ててもOK!、
なんてヤツはどのくらいいるだろう。

その手紙はただのデータではない。
手紙という形態で存在する、
特殊な情緒のこびり付いた物財なのであり、
その存在自体に意味があるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結婚式や成人式、
七五三などの写真の『複製』の仕事が
最近増えている。

勿論データを渡すのではなく
プリントである。

このテの写真はたいてい
台紙にシッカリ糊付けされているので、
フラットヘッドのスキャナでスキャンするには
台紙からバラさないといけない。
だけど殆どの人は「そんなことしたくはないし、
でも同じプリント欲しいんだけどどうしよう」、
ということでウチに来る。

バラせない場合はどうするかというと、
複写である。
写真自体を撮影するのだ。
これは一見簡単なようでいて実はある程度の技術が必要で、
素人サンには難しいかもしれない。
ウチみたいな写真屋なら昔からやっていたことである。
写真学校のカリキュラムにも
組み込まれているところがあるらしい。
一般には知られていないが、
それだけ昔からニーズがあるということだ。

そうして結婚式のポ−トフォリオと
同じサイズで同じ写真を
10枚とか20枚とかつくって、
実家の親とか親戚とかに配り、
あとは自分ですぐ見れる用にアルバムに入れるとか
するのだろうね。
そんでもって友人が訪ねてきた時などに、
昔のアルバムとかと一緒に見せたりして盛り上がるんだろうな。

楽しいことは大抵、
合理的でないことばかりだ。

このイベント会場でも、
幸運にも力作プリントを多数見ることができた。
その被写体ご本人はそれを見せられた時、
一体どんなふうに感じるのだろうか。
その時の心の揺らめきの振幅幅を
いかに大きくできるか。
そして、
その写真をいつまでも持っていたいと思わせることができるか。
その辺は我々が忘れてはならない重要箇所だと思う。
それを疎かにしたら、
今度こそ写真屋の仕事は
いよいよ機械にとって変わるのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どんな素人でも、
手軽に大企業の広告並みのブツ撮りができるようになる、
或いは身近な人からグラビアアイドル並みの
表情やポーズが引き出せるようになる、
また或いは、
他者の介助を得ずに美しい成人式や七五三写真が撮れる、
そんなスゴいハードウエアが登場するのは、
もう暫く先のことだろう。

また、
各企業に必ず撮影担当社員がいたり、
各学校その他組織に集合写真係がいたり
そんな状況が来るのも
もうちょっと先のことではないかと思う。

「イヤそんなことない」
と言うのなら、
今回私が出向いたこのイベントとは一体何なのだろう。

写真業者の固有技術がいずれ一般人へ完全に移転し、
写真屋というひとつの業態自体も
いずれ絶滅するというのであれば、
そんな今後萎んでいくしかない市場を
いつまでも相手にしなくていい。
当然ウチら零細業者を相手にする必要も無い。
一般人というドでかいマーケットで商売すればいいと思う。
その方が今よりもずっと儲かるのではないか。

ていうかもうそうしているのかな。

また長くなったので
まとめは次回に持ち越しということで。

次号に続く。

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この記事へのコメント
お久しぶりです。ちょっと気になったことを。

写真屋さんに必要なものは、顧客が企業でも個人でも、
写真に関する新しい知識であり技術であり、
タイムリーで親切なサービスですよね。
これを備えている店が生き残り、
これを探しに展示会に足を運んでいるのですよね?
失礼ですが、自分で答えを遠くしているように見えますよ。

前に”もっとブツを見て欲しい”と書いたと思いますが、
知識も技術もサービスも、まずは”ブツ”ありきで、
新しい”ブツ”を取り込むことで知識・技術を上げていく、
今までもこれを繰り返してきたのじゃないですか。

残念な事ですが、今までの写真業界は感材メーカーが強く、
写真屋さんは売るだけと囲い込んでいました。
そのため写真屋さんは自分で企画する能力、
自分で”ブツ”を評価する能力が劣っています。
(新しいものを取り入れる能力に劣っている。)
だから多くの”ブツ”を見て、自分で判断して欲しいと・・

難しく考えれば、答えは遠くにいってしまいます。

Posted by ネコさん at 2009年05月30日 00:21
ネコさん

今回もありがとうございます。

まず申し上げたいのは、
私達写真屋は、ブツを生み出してくださる方々には
最大限敬意を払っているつもりです。
少なくともそれはご理解いただいきたいです。

「もっとブツを見て欲しい」
と言われた意味を、ようやく理解した気がしました。

確かに仰るように、
ブツが存在していることを前提として商売をしている、
ブツあっての写真屋であることは、
否定のしようがありません。
商品そのものについては、
どうせ我々は結果として「あてがわれるもの」的な
考えがあったとも思います。
ウチが使う技術もウチが開発したワケではありませんし、
当店主催のささやかなイベントでさえも、
結局ブツや道具ありきであることに違いはありません。
選球眼が悪いのであれば、そうかもしれません。
ただ、そんなビジネス脳の弱いウチのような者でも、
それならそれなりに商売をやってしまうのですね。

(コメント続きます)
Posted by 東京下町バカ写真屋 at 2009年05月30日 02:36
ネコさん

いつも貴重なコメントいただき本当に有難いのですが、
いい機会ですので幾つか伺いたいのです。

ネコさんの仰る(悪い意味での)写真屋像とは、
かつての家電メーカ−のケイレツ電気店のような店ですか。
彼らも商品が存在していること前提ですし、
仕入れや商売の自由度も狭いようです。

八百屋・鮮魚店・肉屋などは
作る方はやらないですが逆のような気がしますね。
自分で見て選べなければ仕事になりませんから。

食品から耐久消費財まで、
近年の商品開発は川下(末端ユーザ或いは大手量販店)
主導と言われていますが、
写真業界についてはどう思われるか、さらに知りたいです。

今回の一連のネコさんのコメントの趣意は、
結局私がブツを見るべき場でブツをロクに見なかったところに
あるとお考えですか。
勿論、
実際にブツをシッカリ見たとして、
自分にとって何が役立つかそうでないかなどは、
己で判断すべきで他人様に聞くことではないですが。

ブログはおやりにならないのですか?。
ネコさんのブログなら是非拝見したいのですが。

このコメント欄でのやり取りは、
ネコさんから見てしっかり
議論が噛み合ったものになっているでしょうか。
私の書いたコメントが
ちゃんと応えになっているか少し気になりますし、
ネコさんの仰ることもより理解したいと思っています。


お忙しいと思いますし
本当にお手隙の際で結構ですのでお待ちしております。
ありがとうございました。

Posted by 東京下町バカ写真屋 at 2009年05月30日 02:59
気分を害しましたらゴメンナサイネ。
そんな考えもあるんだ・・で読んでいただければと思います。

まず写真屋像ですが・・・。
もともと写真は、商用を除けば不要不急の趣味・嗜好品です。
だから1枚いくらではなく、撮り方・飾り方・仕舞い方の提案が本来の仕事だと思います。
しかし儲けることに熱心な人達が、安売り合戦を繰り広げ、
写真そのものの価値を置き去りにしてきたのです。
(これはオーディオが辿った道をみれば分かりますよね。)
写真屋を私は「コーヒー専門店」と同じではないかと、
家庭では出せない味を出す専門の店じゃないかと思っています。
(まぁどちらも著しく衰退していますが・・)
だから、個人で作れない”新しいブツ”が大事なんです。
次の質問に続きますが、”ブツ”をロクに見なかったこと、
その通りです。出展者は”ブツ”を見て考えて欲しいのです。
”ブツ”に対する意見(異見でも)を期待していました。

ブログはやっていません。やろうかなとは思いますが、
やる時は写真と関係のないものでしょう。
人生幸朗の写真版では疲れるだけですので。(分かります?)

人様のブログを邪魔する気はありませんので、
このへんで・・・(質問にはお答えしますよ。)

Posted by ネコさん at 2009年05月30日 14:29
ネコさん

丁寧なご返事本当に恐れ入ります。
気分を害するなんてとんでもないです。

なるほど
既に頂いていたコメントの本旨が、
より鮮明になった気がします。

ただ残念なことに、
本件にてネコさんの期待するお応えを
これから出すのは難しそうです。
なぜなら「ブツ」をロクに見なかったのですから。
だから参加企業サンに意見する資格もないです。

このブログが人生幸朗かどうかはともかく、
書くのは(続けるのは)確かに疲れますね。
だからこそコメント頂けることは、
とても有難く感じるわけです。
本文(私の考え)にも何らかの影響を与えているかもしれません。
かといって過去記事は消去も訂正もしませんし、
妄言もまだ止めるつもりはないのですが。

どうかまた宜しくお願いします。
ありがとうございました。
Posted by 東京下町バカ写真屋 at 2009年05月30日 22:34