2009年09月05日

写真屋の客は写真屋(第6回)

浅草寺界隈を走るバス
前回の続き。

5,6年ほど前に、
しばらく本気で写真学校に通おうかなと
考えた時期があった。
実際に資料請求して
学校説明も受けに行ったのであるが、
昼の仕事との兼ね合いなど
他色々な事情で結局断念した。

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その学校というのは、
新宿に本部のある
アート系としては老舗の学校で、
名前だけは昔からよく知っていた。
最初は何気なくネットで資料請求したが、
その冊子の豪華さとその内容に少々驚いた。
この学校にはこじんまりしたイメージを抱いていたが
実際は全然逆で、
教育事業としてかなり手広く展開しており、
とても垢抜けた印象を持った
(その様を説明するとまた長くなるので割愛)。

で、説明を受けにこの学校に行ったわけだが、
受付を通りフロアに入ると
私に向かってスタッフが皆きちんと挨拶する。
何か作業中の人もこちらを向いてそうするのだ。
これには少々驚いた。
接遇教育の徹底度合いが伺える。
学校ってこんなだっけ?と思った。

(当時の)私よりも年下(たぶん)の女性が
私の説明を担当した。
説明は講義形式ではなくほとんど個人面談である。
その彼女の話は丁寧かつ大変分かりやすく、
笑いも交えながらセールスも決して忘れず言うことなし、
やはりスタッフ教育が徹底しているんだなと実感した。

その彼女がカリキュラム説明の際、
『もしかしたら本年一杯で暗室を廃止にするかもしれない』
ということを言っていた。
ウチがデジタル化したくらいだし、
写真学校が暗室を潰すとなれば、
いよいよフィルム(モノクロ)も消えていくのかなと、
なんとも寂しく思った。

その後どうなったかは知らない。

ちなみに
ウチには暗室がまだある。
勿論現役である。
稼動させるのは月に1,2回程度だが。

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幼い頃、
貧しかったウチにも
店と暗室にはクーラーがあった。

夏の苦手な私は当時、
店奥の客から死角になる端っこで、
小さく丸まってよく涼んでいた。
また、
悪さをして親父の怒りをかった日には、
夏は涼しい暗室に閉じ込められた。
写真屋息子の定番である。

その暗室も過去に何度か
もう潰そうかという話が出た。
近年モノクロの受注もほぼなくなり、
ただ存在しているだけの部屋になりつつあったから。
「せっかく水場なんだから新しく風呂にしよう」とか
「これで店広くできるな」とか言っていた。

でも結局そうしなかった。
あるたった一人のお客のために。

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十数年来のお客がいる。
近所の小さな自動車整備工場の方である。
この人から一、二ケ月に一回くらいの間隔で
モノクロの現像・プリントの仕事を受ける。
ここ十数年ずっとである。
勿論展示作品なんかではなく、
事故車などの証明など、
各種保険なんかの申請用資料として
車の写真を撮っているようだ。

ウチの暗室は実質的に、
この人用と化してしまった。
プリントは必ずサービス判だから
イーゼルマスクも小さいものでよい。
四つができる大きなものもあるが
奥に仕舞いこんでいて恐ら出番はないだろう。
この人が使っているのは昔のコンパクトカメラだから、
ネガは当然35mmである。
6×7とか4×5などの
スチール製ネガキャリアも同様に出番も無く、
被った埃が経年のせいか硬くなり
錆びついたようになっていた。
レンズは50ミリではなく
90ミリが付けっぱなしである。
機械の性能や絞りも関係あろうが、
親父曰く、
ある程度印画紙までの距離をかせぐことで、
(周辺の)光線ムラを防ぎ確実に均等に光を当てるためだとか。
ガラス(でフィルムを挟むタイプ)じゃないネガキャリアは
フイルム面がほんの僅かに湾曲しており、
そのせいで四隅にピンがこないのを防ぐ狙いらしい。
作品を焼くのとは違い、
仕事では一度に大量にやるので、
一つ一つ丁寧に構ってはいられない。
ここでは美しさよりも確実に写っていることが重要である。
故にセッティングはより堅実な方を選ぶ。

 〜9月8日付記〜

 変な解説だったとおもう箇所があり、
 一部書き直して付け足した。
 ココで言った「光線ムラ」とは色の濃淡を指すものではない。
 光は中心が明るく周辺部に向けて暗いから、
 その影響を受けないようにしようということ(あたりまえか)。
 また、フィルム面が平らでないと、
 中心部は良くても周辺にピンがこなかったりもするし、
 そういった問題を
 『絞り+十分な距離からのより均等な照射+時間』
 の適宜組み合わせで防ごうというわけ(当然のことなんだけど)。
 その組み合わせにより、
 大量の枚数をじゃんじゃんプリントする際に、
 一枚一枚ピントチェックせずとも
 ピンがくる状態にする。
                      〜付記ここまで。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この一人のお客のために
暗室が潰せないのだと、
ウチの親は言う。
それについて納得はするが、
それが理由の全てではないと
私は思っている。

カネがかかるし面倒だというのもあろうが、
『潰すのが惜しい』というのが
本当のところだろう。

ウチにとってカメラは商売道具だし、
親の形見のような存在にはならなさそうだ。
思い出のモノに多少なりのセンチメンタリティはあろうが、
当然のこととして時代に合わせて道具は入れ替えてきた。
しかし、
暗室に関しては何か違う。
家の一部だからなのか、
年々進化し移り変わる道具を扱うようにクールになれないのだ。
これについては、
申し訳ないが何故と言われても説明のしようがない。
特に根拠を掴んでいるわけではないが、
ウチの親を見ていてそう感じるのである。
簡単に言ってしまえば、
『重要度は低いけど無くすのはやっぱり寂しい』、
ということだ。

ちなみに私もそう思っている。


なんだか寂しいから。
そのことで、
いつまでも踏ん切りがつかなかったのだ。

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それが良いものかどうかに係らず、
過去の因習からの決別ってのは、
なかなか難しいものだ。

今回の前半で
なぜ写真学校の話を取り上げたのか、
御解りいただけるだろうか。

次号に続く。

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この記事へのコメント
写真屋さんの暗室は、知らないけれど、
版下デザインのバイトで、
紙焼きの暗室には、よく入りました。

拡大率を調べ、スケールで計り、微調整して、
露光時間を調整して。

アナログな、職人仕事でした。

いまでは、Macの普及で、
そんな仕事は、無いでしょうし、
デザイン専門学校でも、
紙焼きの授業など、
無いのでしょう。

あの頃より、
格段に便利になり、
コストも抑えられるのでしょうが、
知っている世代としては、
少し、さみしいですね。。
Posted by フラフラです。 at 2009年09月06日 18:48
フラフラさん
毎度お世話になります。

私も、
写植屋サンで文字をバラ打ちしてもらったやつを
用紙にセメントで貼り付けて版下つくったり
してた時代を知っています。

組版も大変な仕事だったんですよね。
昔印刷屋の頃、業者サンに気軽に数ページ分何度か
再出力お願いしたら、
「職人の手間苦労も考えてくれ!」と
怒られたことがあります。

あの時お世話になった業者のみなさん、
今どうしているのか気になります。
Posted by 東京下町バカ写真屋 at 2009年09月07日 23:40