2013年10月03日

ブログ7周年記念〜戦略的写真屋とは何か(第9回)

「不肖」な方の写真展:東京銀座のギャラリーにて

前回の続き。


長々と色々な話を書いてきた。

ベテラン技術屋ならではのこともあれば
反対に誰がやっても同じものもある。
時間をかけて醸成するものもあるし、
すぐ決着がつくものもある。
だが別に矛盾でもなんでもなく、
ウチのような写真屋でさえ
そういった異質の事柄が並存している。
であるから「こうであるべき」という
たった一つの方策が即ち有効とは言い難い。
しかし戦略的写真屋と銘打ったからには、
それらしい結論にようなものが欲しい。


7年以上にわたり続けてきたこのブログも、
そろそろお開きといきたい。

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まずは総論というか、
だだっ広い話で申し訳ないが、
なんといっても今後は
「(英米型)資本主義化が進む」
と言う点に尽きる。
勿論写真屋だけの問題ではないけども。

資本主義という言葉の定義については
省略させていただく。
さしあたり、
強い者が自分の勝ちやすいルールをつくって
より強くなるし、弱い者はより弱くなる、
っていう程度の理解でいいと思う。

つまり、
この残酷な資本主義社会と
どのように付き合っていくのか、
ってのが言いたいわけである。
「どうせウチなんかちっぽけな店だしかんけーねーよ」
とはいかないのだ。
なぜなら、
チカラあるものにより新市場が作り上げられるということは、
大抵我々のような多くのちっぽけな輩から
ただでさえ少ない食い扶持が剥がされることになるからである。
たとえば、
「規制緩和」と言う言葉があるが、
あいつのお陰で酒屋はコンビニに客を取られ、
薬屋もまたコンビニに客を取られ、
今度はネットにまで客を取られている。
じゃ写真屋はどうだったか?。
今後どうなるのか?。
今てぃーぴーぴーとかいうヤツが問題になっているが、
これとほとんど同じなのだ。

もう「難しい話はわかんねー」
じゃ済まされないんだな。


まあ多くの人が考えていることだが
あえて書くと、

‖膸駛楞反イ砲茲覽蚕儚弯
同じく大資本組織による店舗業務の拡大・寡占化
6チ莊祺
そ祥茲亮命寝亜紛般魁砲料蠡佚陳腐化

あたりが今後より一層加速するのだろう。

これまで写真屋仕事の多くの部分が、
長年の経験による特殊技能に支えられた
いわゆる職人仕事的と考えられてきたが、
それが,筬△慮従櫃砲茲辰
そうでなくなりつつあるわけだ。
街中見渡せば分かるだろう。
写真屋商売のネタは街の写真屋から離れつつある。
豆を挽いた本物のコーヒーでさえ、
コンビニで買える時代になった。
道具だって、
進化させるのは専門業者を儲けさせたいからではない。
そうすることで市場が広がり成長するからだ。
より儲かりそうな場所や人たちに、
そういった新しい価値が集中する。
同時に新しい技術自体が、
儲ける力のある人や組織を引き付ける。
儲ける力の低い小さな事業者は
基本的にそういった流れから外れゆくしかない。
「プロにしかわからねえことがあるんだよ」
とふんぞり返っていると、
寝首をかかれることになるだろう。
そうやって我々は多くのことを失ってきたのだ。

と、ここまでは環境の話。

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新技術や巨大組織によって
全てが自動化されたり平準化されたりするかといえば、
そんなこともないんじゃないか。
ならば、
その両者の違いってなんだろう。

一つ言えそうなのは、

「既に答えの出ているもの・問題点のはっきりしているもの」と、

「特定個人の未知の問題点を直接発見したり解決したりすること」とに

分けられるように思う。

ベテラン業者の手を離れて合理化できるのが前者であり、
我々のような街の専門商売人に残されているのは
後者であろう。
職務をメニューにすることができるか否かの違いかな。

仮に今、
自分の店に客がいるとする。
この客の嗜好や問題点は、
どんなにスゴい大企業のエリート社員だって
知ることも解決することもできない。
家族写真を撮影しようとする時、
どのような並びが一番楽しそうかとか、
注文の主は誰を一番喜ばせたがっているのかとか、
そういったことを感じ取ったり解決したりできるのは、
そんなお客の目の前にいる我々しかいないのだ。

どんなに事物が先鋭化しようが、
それをもってして
たった一人の写真周りの問題を
100%カバーすることなど不可能である。
技術が新しくなれば既知の問題は解決するかもしれないが、
別に新しい問題が発生するかもしれない。
だから
たとえ小さな店舗であってもそれ自体にはまだ意義がある。
どんな技術(道具)が有用無用であるかというのは
決して絶対的な価値感ではなく、
商売人個人がその都度判断すべきことである。

「商売はなんだかんだで人間力が勝負」
ってのは皆知っているが、
せめてこのくらいは記述しておきたい。




たった今目の前にいる
たった一人の人間の、
その悩みをどのように解決したり、
どうやって満足を最大化させられるか。
どのようにして何を使ってそれを為し得るのか。
それをリアルタイムで判断し実行するのが、
我々に求められる
「人間力」の正体であると考える。


なんだか
今までの総決算というより
単なる繰り返しに過ぎない気もするが、
そう思うのだから仕方が無い。
なんとかあと数回でまとめあげ、
有終の美(最近聞かないね)といきたい。


次号に続く。


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