2013年12月14日

ブログ7周年記念〜戦略的写真屋とは何か(第13回)

JR新宿駅西口にて

前回の続き。

前回の続きの前に
ちょっと別の話。

『最近効果』とかいうやつがある。

時系列的に最初の方に接した情報よりも後の方、
つまり最近接した情報の方が
強く感じられたり強く記憶される傾向にある、
という理論である。
有名なのは米国のアカデミー賞かな。
賞狙いでわざと審査期間終盤ギリギリに
上映をもってくる。
確かに審査員は10ヶ月前に見た作品より
最近見たものの方が、
より鮮明に感じられているに違いない。

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よく知られている話ではあるが、
これについて日本と米国(諸外国)では
その捉え方に違いがある気がする。

向こうのエンタメ系ニュースとか見ている限りでも、
どうやら米国人はこのことを百も承知で、
それを強く誤魔化そうともしない。
その上であえて仕掛けてくる。
使って有利になるものを、
「ずるい」「不公平」等の理由で(本来そんなことは無いと思うが)
ためらうことは彼らには無いようだ。
「コネ」「根回し」などは
日本人の得意技のように考える人もいるようだが、
実は欧米人(外国人)の方が遥かに巧みで
重要であると認識している。
容易にライバルと差がつけられるのだから、
使わない手などない、という考えのようだ。

逆にちょっと気が引けるのが私達である。

でもって日本ではどうだろう。
「最近効果」に引っかかるのは
日本人も米国人同じはずなのだが・・。

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サッカーW杯2002年大会の時、
代表メンバーの選出結果について少し議論が起こった。
「最近活躍してないあいつがなぜメンバーに?」
というものだった。

当時の仏人監督はその選考理由として、
「長い期間を通じて
 安定的に高いパフォーマンスを維持してきた選手」
(正確な文言で覚えてはいないが、内容としてこんな具合)
つまり、
『戦術理解度と平均点の高い選手』
を採用したのである。
決して、
「ずっと垢抜けなかったけど最後の最後で大逆転!」
という選手を採ったわけではなかった。
たまたま選考間際に調子を落としていても、
長い間でよく機能し活躍していた選手を
採ったのである。

当初一部のスポーツマスコミや
サッカーファン達はこのことを考慮せず、
一斉にそれぞれの媒体で選抜結果を批判し始めた。


変わって2006年ドイツ大会、
当時の英雄的ブラジル人監督は
選考の基準を
「その時点で一番調子のいい選手を起用する」
とかねてから公言していた。
そしてその通り選手選抜が行われた。
これについて強い批判が起こったかどうかは
覚えていない。


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公平不公平に対する感じ方も
日本と諸外国で違うのというは想像がつくが、
その話は置いておく。

何も日本をダメ扱いするつもりはない。

今回言いたいのは
事象考察におけるナイーブさであり、
このケースでは時系列思考の欠落である。
たった今目の前に出現した事象に
思考の多くが影響を受けてしまっているのだ。
結果的に事の大事な部分を見落とすことになる。
ならば単純な話、
例えば過去を振り返ってみればいい。
「昔コレと似たようなことなかったっけな?」とかね。

コレは私の勝手な想像だが、
私達日本人の思考のナイーブさ(あえてそう言い切るが)
の原因の一つに、
『歴史(を学ぶこと)の欠如』
があると考えている。
時系列思考などとカッコつけて書いたが、
要するに「歴史」なのだ。
よく「客観的に自己を見つめよ」などと言うが、
具体的にどうしたらいいかの説明はない。
ならばとりあえず歴史(過去)を辿ってみるだけでも、
幾らか自分を論理的にしてくれるキッカケにはなるだろう。
さらに、
理由が決して一つではないことや、
善悪がハッキリ分かれているのでもないとか、
そういうことにまで目が行くようになる。

先週見た映画が
「今年最高の作品だな!オスカー間違いない!」
と感じた時、

「そういえば年初あたりに見た映画どうだったっけな?」

と思えるようになるかどうか・・・。

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前回書いた
「OECD国際成人力調査」では、
日本人が一応優秀である(傾向にある)ことが分かった。
しかし問題が無かったわけでもない。
高得点者の割合が高くなく、
ITを使いこなせる人の割合も低いことが判明したからだ。

IT等に関しては以前から、
日本人は最新の技術を活用する力や意欲や低いとの
諸外国から指摘を、
新聞等でいくつか見たことがある。
なので個人的には合点のいくところであった。

じゃ「高得点の少なさ」の方は何だろう。

それを考えるためにまず
高得点者はどんな人たちか想像してみるとしよう。
書き出すとキリがないが一つ言えるのが、
「高学歴な人」という点であろう。
先進諸国の大学が日本のように生易しくないのはよく知られている。
後に彼らはそれなりの企業や役所団体等で
高度な職務に就いているであろうと推察される。
そんな人は30代でも50代でも60代でも
今回の国際調査なんかでも高得点だして不思議ではない。
反対に、
例えば中卒レベルで職人となった人が、
上のような人と同等もしくは凌駕することもあり得るだろうが、
常識的に考えて多くは無いだろう。

結局どういうことか。

当然理由は一つではないだろうが、
暴論承知であえて言わせていただく。
語弊上等。


日本の大学生が勉強しないからだと思う。

もっと正確に言うと、
大学生になってから勉強をしなくなるからだ
と思う。


残念ながら日本人の多くは、
実質的に義務教育プラス中等教育程度の学力で
社会に出ていく。
そこまでに厳しく叩き込まれた
基礎学力・基礎知識のお陰で、
その後もウマくやっていけているのだとおもう。
今回の調査でそこそこ点数がいいのは
そのせいではないか。
この辺りは前回にも書いた
お役人の自画自賛コメントと一致するところでもある。

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当調査の存在は
今回知ったばかりであるが、
よく知られる学力調査といえば
OECD生徒の学習到達度調査(通称PISA)がある。
こちらは近年日本人学生の学力(学習意欲)が低下していると
散々問題視されている。
直近の調査では幾分改善の兆しがあったようだが、
問題は依然としてある。

上の成人力調査と併せて考えてみると、
私達の問題が浮かび上がってくる気がする。
でもってそれらは、
決して政治や役所、学校等を責め立てる必要もなく、
今すぐ自分で改善実行できるものであるように思う。

その辺については次回に。

次号に続く。

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