2014年01月23日

ブログ7周年記念〜戦略的写真屋とは何か(第15回)

2014成人の日の浅草寺にて

前回の続き。


子供達が
自発的に勉強するようになるには
どうしたらいいのか。
そんな問いかけに即座に答えられる人は、
私を含めそう多くは無いと思う。

だがそんな私にも
「これっていいかもな」ってのが、
ないわけではない。

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これまで
自分達大人の「学び」について
子供達の学習に絡めて書いたが、
さすがに批判ばかりはよくない。

でもって私の意見は簡単である。
まずは、
親や周りの大人たちが、
学校や教育制度や教師らを軽蔑したり否定しないこと
(勿論ある程度の批判は必要だが)。
それと同時に、
親や周りの大人たちが
学ぶことへの肯定的雰囲気をつくってやること、
簡単なのが大人も一緒に勉強してしまえばいい。
本読むとか英語なんかを独学で学ぶとか。
出来などは実はどうでもよい
(子供達にとっては、という意味)。
周りの皆があたりまえのように本を読んだり勉強したりしている、
という環境こそに意味がある。

当ブログで度々触れているが、
身近な人物による
「自然な無理の無い影響力」
を利用するわけだ。
マーケティングの応用と言ってもいい。
以前当ブログで
零細写真屋のプロモーション施策として、
ほぼ同じ事を書いた。

即効性も低く時間はかかるが、
地味であるがゆえ心理的な拒絶を起こしずらく、
学ぶこと自体があたかも生活習慣として身に付く期待ももてる。
子供が(望まなくても)やがて
自分に似た大人になってゆくのと同じで、
人の持つ他者への影響力ってのは、
当人が思う以上に強力である。
そいつを利用しない手はない。

「でもねー子供が小さいうちならそれもいいかもしれないけど、
 さすがに高校生大学生となるとねえ・・」

それはとてもよく分かる。
その歳になればほとんど感覚は大人に近いから。
学校の勉強について
一番疑問に感じる頃なんじゃないかな。
私ならさしあたり当ブログのこのシリーズを読ませる。
勿論こちらの思惑通りになるかは別だが。
あとは以下に記す文が
その答えになってくれると思う。

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今シリーズのタイトルの通り
街の写真屋も戦略的にならにゃイカン
ということで書いているが、
別に教育問題をどうこう言いたかったわけではない。

まず言いたかったのは、
私達大人の云わば「考えるスタミナの無さ」が、
商売上の問題解決だけでなく
子供達にまで影響を及ぼしているであろうという点。
決して正否や真偽ということではない。
評価する者の立場や時期などの違いで
価値など簡単に変わってしまうからだ。
あくまでも「考え抜くチカラ」を指している。

それから今回のように
子供や若者の学びについて
真剣に考えようとすれば、
その結果はともかくも
その思考プロセスや思考への耐性そのものだって
私達の商売に「も」役に立つと、
なぜ考えられないのだろうか、という点だ。

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恐らく誰でも無意識に暗算をやってのけるが、
それが何の(誰の)お陰かを意識することはない。
そんな芸当が可能な民族は
地球上にそう多くは無いのだが。
いや身に付いてしまっているからこそ
その自意識が希薄になるのかもしれない。
反対に
弁護士や検察官になりたければ
司法試験に受かるために必死に勉強するだろうが、
それは必要条件であり、
強く意識して当然である。
しかし
そういった既に確立された個別の学術(学習)分野と
直接相対する仕事(職能)というのは、
ほんの一部でしかない。
そもそも、
仕事(価値)とは
何も無いところから創造し
生み出すものだったはずだ。
我々の先人達は
それをやってきた。

商売とは、
全人格での総力戦だとか総合芸術だとか、
言葉は違えど多くの人が似たようなことを言っておられる。
そんな人生総力戦のために
いったいどんな学校・学習塾・テキスト・資格試験をつくれば
私達は満足するのだろう。

準備は目一杯やった方がいいが、
完璧な準備というやつも存在しない。
私達はいつでも
その時々の持てる力「のみ」で
精一杯やりぬくだけなのだ。
このことは恐らく変わらないだろう。
もし自分に足りないものがあれば
その都度後付すればよいだけだ。
自分の過去や能力不足を恨むパワーがあれば勉強した方がいい。
この国の教育を批判(ばかり)するより
よっぽど賢いと思う。

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以前このブログで書いたこと。

街の写真屋が販促ネタに事欠くはずもないのに(商売の性格上)、
個店単位ではたいしてプロモーションなどしてこなかったこと
(私の独断:皆がそうだってことは無いと思うが)。
世の移り変わりは勿論のこと、
大企業の躍進や安売り・ライバル増加などの競争激化は
資本主義の定めであると言うしかないが、
それについて文句は言うが
抜け出すことも変化することも拒み
昔ながらの商売を相変わらず続けていること。
100の写真屋があれば
100通りの問題があるんだろうが、
それが何であれ結局自分次第なんだろうな。

同業者が「写真屋の生き残り」
などというキーワードで検索していたら、
その気持ちはとてもよくわかる。
しかしこう言っちゃなんだが、
金儲けしたい人が「どうやったら儲けられますかね」と
他人に尋ねているようなもんだな。
自分のお客さんに直接
「あなたが一番大切にしている写真みせてくれませんか」
と言って見せてもらうとか、
身近な場所からそういう類のことをした方が
よほど商売のヒントが得られそうな気がするんだが。


前回
「私達大人は子供達よりも矛盾している」と書いたが、
ウチのような写真屋もまさに
そんな矛盾の典型だろう。

そんな零細バカ商店を、
ぜひ反面教師として欲しいくらいなのだが、
そんなみすぼらしい店を見つけては
噂話や陰口を言って
溜飲を下げているような連中ばかりが目に付く(気がする)。


「世の中はみな繋がっている」
という少々クサい台詞をたまに目にする。
で、
コレ書いてあらためて思う。

その通りだ。

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