2014年09月03日

ブログ7周年記念〜戦略的写真屋とは何か(第23回・最終回特別編其の1)

水を浴びまくる神輿と担ぎ手:富岡八幡宮例大祭(東京都江東区深川)


前回の続き。


近年、
「そろそろ世の中の大転換が起こる」
といった類の話をよく見かける。
その多くはアカデミックな「○○年周期説」が
ベースになっているみたいだ。
実際にどうなるかはともかく、
戦後多くの事が成長し発展し、
そして飽和し行き詰っているのは確かだろう。
そして行くところまでいけばやがて、
ドカーんと破壊されてしまうという気が、
しないわけでもないのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(9月11日:一部加筆再編集しました)

突然だけど普段みなさんは、
市中のある一人の美容師さんの一生を、
想像してみることなんてあるだろうか。
何年間どこで修行して何年間はあの店で、
何歳くらいで結婚して何歳くらいに子供何人で
年収はこの時期でこのくらいとか、
具体的に、である。

これはものすごく失礼なことかもしれないが、
どうかお許しいただきたい。

ただ独立開業しなお店なら
ウチのような写真屋と似たようなかんじだろうか。
ならば幾分想像がつく。
しかしながら、
若い成りたての彼らが大きな店で修行しその後、
全員が全員独立して店を持つかというと、
そんなこともないだろう。
もしそうならば、
日本中に美容院理髪店が無数に増え続けるだろうから。
写真屋だってそうだ。
写真学校を卒業した者が皆、
写真屋として店を構えるのでもない。

当然、
中には美容師理容師を志すも道半ばで断念し、
進路変更あるいは転職する者もいるだろう。

または現業ではなく
材料資材や企画会社などの、
関連企業に就職するケースも少なくないはずだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

上記したような場合なら、
さほど想像するのは難しくはない。
独立店の店主になるか、
普通の事業会社の社員になるか、
というだけの話になるから。

しかし、
若い見習いを何人か受け入れるような店で、
彼らがそのまま定年の歳まで勤め上げるという話は
ほとんど聞いたことがない。

たいてい若いスタッフは
いつか「去る」のだ。

その何割かは上に書いたように
地元に帰り独立するとか、
あるいは他店に移籍するとか、
関連会社や異業種に転職して
いわゆる普通の会社員になるなどする。

一方、
その独立した店も
繁盛して規模拡大となり若いスタッフを増やしたとする。
その若い彼らもいずれ「去る」のだろう。


勿論生え抜きもいるだろうが、
経営者ないしそれに近い管理者層以外は、
どんどん入れ替わる。
そうやって
若く比較的安価な労働力をもって、
そういう店は成り立っているのではと推測する。

かなり乱暴な物言いになるが、
結局若い美容師理容師は、
修行のためあるいは純粋に就職した店では、
実力(政治力含む)をもってのし上がり
経営者の近いところまで行くか、
もしくは数年勤め技術を磨いた後退職独立する(異業種転職含め)しか、
道はないということになる。

つまり、
学校を何歳で卒業して勤め始めて
何歳で結婚して子供が数年後に何人できて、
何年後に家を買って定年を迎えどうのこうのという、
同一箇所に勤続し年をとるに従い年収が上がるモデルは、
彼らには当てはめにくいのだ。


そういえば20代の頃勤めていた会社に
よく保険の営業の女性が出入りしていた。
彼女らが見せてくれたパンフ(人生設計図?)が、
年功賃金ベースのまさにソレかんじあった。
「こんなにうまく人生運ぶとは思えねえけどな」
当時から性格の歪んだ私はそう思っていた。
バブル崩壊から数年経っていたが。
今でも信じられないが、
そんな絵に描いた餅的な生活を送ることが
叶って当然の普通のことだと、
当時多くの人がまだ思っていたような気がする。


これまたかなり乱暴な説明になるが、
現代的理容・美容業が始まりが明治以降、
国内最初の美容専門学校ができたのが
およそ100年前という理解でいいだろう。
なので、
とっくに美容師・理容師の生涯が
モデル化されていてもいいはずだ。

だからこそ思うのだ。

信じるままに一所懸命働き続ければ、
保険屋のパンフのような、
理想的年功賃金を得ながら
老後に至まで幸せな一生が送れるんであろうか。
こう問えば多くの人が
「いや」と答えるに違いないだろうが、
しかしその理由を説明するのが難しい。
少なくとも教わった記憶はない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

経済用語で
『労働集約(型産業)』という言葉がある。
主にサービス業等、
人(労働力)への依存度の高い産業(構造)を指す。
その反対に資本の多くが設備装置等に使われる製造業などは
『資本集約型』という。

私一応経営学の基礎を学んだのだけど、
当時の先生方の話では、
経営学においてはどうやら製造業をさしあたり
経営の基本というかお手本にするということだ
(私の勘違いの可能性もあるがお許しを)。
なぜかというと、
1を投入して5にも10にも30にも120にもできる、
つまり、
ビジネスとして効率がいい目指すべき姿だという意味である。
じゃその逆が
労働集約型のサービス業等なのかもしれない
(現代では必ずしもそうではないが、それについては後述予定)。
なぜならば、
製造業が1万円の品物を1日5000個作り売ることは可能だろうけど、
反対に美容師がどんなに優秀でも、
通常の美容業務で一人1日100万円売り上げることは
およそ不可能だからである。

また学術的定義とは別だけど、
提供されるサービスとその労働力への対価を、
急に会社の都合で上げ下げしずらいこともある。
モノの取引なら交渉次第で価格の上がり下がりがあるが、
金がないから美容師の給与半分にというのは無理だし
(普通の事業会社も一緒だけど)、
カット料金来月から5倍というのも無理である。
何事もその時々において相場というものがあるが、
そこから大きく逸脱するのは
どんな理由であれ簡単ではない。
競争が進めば外圧も強まり尚更である。


かなり経営を単純化して考えているが、
そのような基本的性格に鑑みて、
どんなに優秀な美容師であろうが、
彼らを生涯にわたり雇用した上で
賃金を経年に従い上げていくようなことは、
ほぼ不可能といえる。

これこそが
若い(安い)スタッフでやりくりする
理由の一つなのだろう。


こういう業界、
たくさんあるよね。


次号に続く。



人気ブログランキングへ・クリックお願いします!






この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/bakashatokyo68/52395289